メッセージ

ネット時代の今だからこそ、
新聞が便利になってきた。

—新聞という仕事に携わるきっかけは何だったのでしょう?

辰雄所長:新潟上越の実家が貧しかったので小学4年から朝刊配達を始めたのが読売新聞とのご縁の始まり。雪深い日は毎日配達をともにしていた飼犬が先陣をきって家々のポストを目指してくれたので不着は1度もなかったのが自慢(笑)。大学も‘読売育英奨学制度’で卒業させてもらった。学生運動が盛んな時代だったこともあり新聞販売に新風を吹かせたいという希望を胸にこの業界に飛込んだ。

—どのように販売手法に新しい風を吹きこんだのですか?

辰雄所長:読者サービスの古紙回収とミニコミ紙の発行がその一つ。35年程前のことで、まだリサイクルという観念が広まっていない時代の先駆けだった。ミニコミも取材から原稿書きまで私一人でやった。子供が落ちたら危ないドブ川を取上げたら市が渡しを作ってくれたこともあった。

−新聞というメディアへの想いは?

玄YC追浜所長:ネットが自分の知りたいことだけを拾う媒体なのに対し、新聞は広く偏りのない情報を紙面いっぱいに提供できるので、思いもかけないニュースを知るチャンスが多い。そこが面白いと同時に今の時代だからこそむしろ便利な媒体ともいえる。

—この仕事の面白さは?

玄YC追浜所長:なんといってもお客様と直接関わりがもて、それを持続できることが素晴らしい。ネットができないお年寄の方に毎日新しい情報を届けたり、一人暮らしの方の安否を確認できたりも配達業務ならでは。新聞がポストにたまっていることから人命救助に繋がり、今までに数度表彰された。そういったお手伝いができる仕事に誇りをもっている。これからも配達と集金を通じて安心安全な町づくりに少しでも役立ちたい。

—最後に『陽だまりの街』200号を目前にこれからの展望を聞かせて下さい。

辰雄所長:この体制になって16年、お客様の励ましの声を力にここまできたが、世の中の厳しい状況下で無料掲載無料配布の形を維持するのは実際きつい所もある。だからこそ喜びもあるわけで、これからもいっそう経営基盤を固める努力をし、身近な生活情報やサポートをお届けできる充実したHPとミニコミ紙にしていきたい。そしてさらに300号を目指せればと願っている。